1





ぱちん、と手を打つ音とばさっ、と、睫毛が動く音。
教室の出入り口の横の場所で、桃井さんはこちらに困ったように眉を下げて腰を曲げて見上げている。

「ね、駄目かな?」
「あー、うん。いいですよ。・・・でも、私でいいの?本当に・・・。」

人手が足りないので、その暇な時間と凡庸な手を貸してくれなどと、人目を引く事をいとわない桃色のロングヘアを揺らし、スタイルのいい身体を曲げて頼まれれば、ただのクラスメイトとしての位置づけを保っていた私は頷くほかない。
桃井さんが顔を上げると、そこには馥郁たる香りが充満するように花開いた。

「ありがとう!ちゃん!・・・あ、ごめん、名前呼びでいいかな?」
「あ・・・うん、もちろん。全然いいです。」

紅潮した頬を惜しげもなく熱を発する桃井さんは超絶な美少女だった。
思わず頬に熱が集まり、ありがとう。本当にありがとね!と言ってばたばたとマネージャーが手に入ったと知らせに走って行く後ろ姿を見て、どくどくと血流が早まるのを感じた。

「・・・はうあー・・・」

胸元を押さえて思わず愉悦の声を漏らして、自分の教室に入る。
机にもたれかかって唸りながら思う。やっぱり可愛いあの子。声も見た目も性格も・・・!
どうしよう。女の子好きなのは昔からだったけど、こんなはっきりと感じたことは無かったんだけどな・・・。
バイだと信じて疑わない事にしているので、今回は女の子に傾いただけ、という事だ。絶対にそうだ。

「・・・えっと・・・」

そういえば、マネージャーって何の?
・・・たしか桃井さんはバスケ部だった気がする・・・バスケかー。結構ハードだよね、運動部だし。
しかもこの中学校のバスケ部は100人超えてるんだよね。
このクラスにバスケットボールを放り込んで反応する人が数人はいるんだろうなあ。
キョロキョロと辺りを見渡すけど、誰がバスケット部なのか分からない。

「・・・怖い」

何させられるんだろうとぞっとしつつも、すると言ったのだからしなければいけない。





2





ボールが床に落ちる音、シューズと床が擦れる音を聞きながら、コートの外で三人は固まって対峙していた。
桃井さんは相対するように向き合う二人の横に、まるで審判のように立っている。

赤司征十郎君。成績優秀スポーツ万能で、いいとこのお坊ちゃん。というイメージが固まっている。
それは噂だったり事実だったり先生のお話だったりと、色んな所からかき集めているけれど、実際会うのは初めてで、緊張する。

「ピンチなので、短期間だけだけど入ってくれることになった、さんです。」
「キャプテンの赤司だ。臨時とはいえよろしく。」

桃井さんの促しから、威圧的な雰囲気を持っている同学年の男の子に、私は圧倒されてしまった。
ドクドクと嫌な心臓の鳴り方に、頭の中に警報がウーウーと鳴っている。
これは危険だと私の全神経が教えてくれている。さしだされた手と隣の桃井さん。とにかくここは空気の密度が濃すぎて呼吸がし辛い場所だ。
私は握手をし返さなければと手を出してたのだけれど、ぐるぐると眼を回しながらチョキを出していた。

「・・・・。」
「・・・えっと・・・?」
「・・・ハッ!あ、ご、ごめんなさい!」

バシッと赤司君の手を握り、握力を込めてぶんぶんと上下に振った。
恥ずかしくてぽかんとしている二人から視線を逸らし、けどそれでは何の解決にもならないので、桃井さんに視線を向ける。

「・・・あ、あの、それで、マネージャーって何をすれば・・・?」
「・・・あ、うん。私が教えるね。こっちに来て。」

私の居心地の悪さを感じ取ってくれたようで、桃井さんは私の手をとって引っ張って連れ去ってくれた。

――う、わ。

普通に手を繋がれた。
普通に手を、手、白い、柔らかい・・・!
綺麗な長い髪の毛が眼の前で揺れて、シャンプーの香りが鼻を擽る。

「あ、あの桃井さん・・・」
「ん?なあにちゃん。あ、私の事はさつきでいいよ。」
「・・・さ、さつき、さん。」
「あははっ。そんなに固くならないでいいよ?呼び捨てでいいって。」
「・・・いや、でも・・・」

さつき、なんて気軽に呼べる精神状態じゃない。繋がった手の熱ですでに発火しそうな程、頬に熱が集中している。
こちらを振り向かないで居てくれるのはありがたいけれど、頬に手をあてて鎮静を図る私に、桃井さんは言った。

「普通に洗濯とか、事務的な事をしてもらうつもりだから。バスケットのルール知らなくても、全然いいんだよ。」
「・・・うん。でも、その、一応知っておいた方がいいかなって、思って・・・」

じゃあ。と振りむいた桃井さん。

「私が後で教えてあげる!・・・あ、時間ある?っていうか、また後日にとか・・・」
「うん、いつでも、全然いいの・・・」

ふふふ、と笑う桃井さんは奥の部屋にある洗濯物やらドリンクの準備の事などを説明しながら私を至る所へ引っ張る。
そのたびに手は繋がれていて、何だか、なんて言うか、やっぱり下心は仕方ないよねと言い訳を自分に向けて発信した。



ついやってしまいました。

[08月 19日]