「貴方はいつも幸福そうだね。誰よりも不幸を撒き散らしている死神みたいな生き方をしてるくせに。」

誰よりもクロロを愛している女が、そういう悪態を吐くのはいつもの事だ。けなされるクロロをも愛しているのだから、そんな言葉を浴びせかけられながらも、顔色一つ変えずに、傘を差さず、そのまま言葉にずぶぬれになっている姿もそそられるのだ。
が変化を望んで、そのような言葉を吐いているというのに、クロロは期待に答えようとはせず、聞いていない振りをしている。
クロロは無視して本を読もうと思い、顔を俯けてページをめくるが、文字を追うだけで頭に入って来ない。

、俺を見ないでくれるか。本が読めない。」
「あのね、私絵を書いているんだよ。分かるかな、だからじっとしていて、本でも読んでなさい。」
「だから、本が読めないと言っている。」
「読んでる振りをすればいい。」
「俺は読みたいんだ。」
「我儘だなあ、じゃあ声に出して読んでもいいよ。貴方の声とても好きだから。」

許してあげる、とでも言いたげな女の声を聞いて、クロロは言われるがまま声に出して本を朗読した。
心地よい声の響きはの耳には届いてはいない。音は遮断され、感覚だけの世界になる。唇を動かしているクロロをじっと見つめ、手を動かす。筆をキャンバスの上に押し付け、力を入れないようにそっと、絵具を乗せる。
椅子に座って本を読んでいる男は、時折肩を回したり、顔を上げて首の筋肉をほぐしたりする。その時には、自らの意思とは関係なく、集中力を鋏で切られたようで気分が悪かった。
こちらから頼んでモデルになってもらっているのは重々承知しているのだが、それでもは波に乗っている手の動きと集中を止めたくないのだ。

「動くなクロロ。」

眉を吊り上げ、筆の先をクロロに向けた。拳銃の銃口と同じ効果を与えられると信じて疑っていないように真剣だ。

「だったら写真でも撮って、それで描いてくれないか。」
「そこにいるという事実が大切なんだよ。まあ、今言った事、矛盾してると言われるかもしれないけれど、貴方が息をして動いているというのがいいんだよ。」
「面倒な女だな・・・」
「簡単な女よりかはいいでしょ。」
「簡単な方がいいに決まっている。」
「そんな難しそうな顔して読むような本が好きな癖に。」

綺麗な輪郭を絵の具が作り上げて行く。折り重なって層になり、焼きあげるとぱりぱりと薄く脆いクロワッサンの層のようであるのに、地層のように確かな歴史を感じさせるような色彩の段が、緩やかに、人の眼に映る。
斜め下に顔を下げ、本を片手で抱えるように持っている、その無骨でありながら、貴婦人の手を思い出させるような、何処か中世的な線が描かれていた。
見る人がその絵を最初、どのように見るのかで違う。クロロを美青年として見るのか、大きく黒い、そして光の加減で色白に見え、柔らかな頬の輪郭を眼にした時、その手は中世的な、小さな宝石がついた指輪をするに相応しい手だと思うだろう。
は意図的にそうしたわけではない。クロロ自身を描いたのだ。キャンバスに閉じ込めてしまおう、このミステリアスで、心を掴んで離さない罪な男を、私一人だけにしてしまおうと思うくらいの気持ちで描いた。
だが、はクロロは大きな海で自由気ままに泳いでいる様を見るのが好きなのだ。
こんな小さな籠に閉じ込めてしまいたいなどと言う独占欲は無い。色んな岩陰に潜み、鮫の傍を勇敢に遊泳し、鯨の横を家来のように控え目に泳ぎ、海草で身体を擽らせて、ぱくぱくと口を開き食事をする。
色んな色をパレットの上で重ね合わせてみる、これがクロロとなれるのか、と、疑問を一瞬だけ持つ。そう言う、嫌な予感の前兆のようなものがあった時、その色は合わないのだと思い、更にパレットの上で違う色を重ねる。

「そういえば、私の絵って価値ある?」
「無いな、全く。」
「思いやりって言葉ご存知ですか?」
「虚偽のおしゃれな代用品。」
「建前でも何でもいいから『あるよ、もちろんある。喉から手が出るくらいに。』くらいは言ってくれないと。」
「面倒な女だな。」
「簡単な女よりかはいいでしょ。」
「簡単な方がいいに決まってる。」

黒い本をぱたり、と、閉じたクロロが立ち上がった。が、あっ。と、声を漏らしたが、クロロは聞いていない振りをして出て行った。
時計を見た。二時間経っていた。あの針は壊れてしまっているのだろうか、にはほんの五分くらいの時が過ぎたようにしか思えなかった。




「集中力があると言う事は、時を加速しているという事だと思うのだが。」
「うーん、確かに。」
「朝、眼が覚めて鏡を見た時に、カラスが自分の顔を踏んだとは思わないでくれよ。それはお前の夢想のせいだからな。」
「大丈夫、まだぴちぴちのお肌してるから。」
「栄養が偏っている生活をしているな。主食は何を食べてるんだ?」
「パン。」
「・・・・・」
「消しながら食べてるなんて事は無いから、安心してね。さすがにそこまで頭イっちゃってないから。」

は一ヶ月ぶりにやってきたクロロを、また描いていた。閉じ込めてやろうと、できるならば、その魂を引っ掴み、キャンバスに押し付けて中に閉じ込めてやろうと、心にもない勢いをつけて筆を走らせる。
今回はあまり集中は出来なかった。クロロが本を読んでいないせいもあるが、がクロロが来る前に描いた絵に、力を注ぎこみすぎたようだった。
クロロに劣らず、美しい少年だった。網膜に焼きつける程に見た映像を頭の中で再生する。開けた窓から入り込む風に、好きなように前髪を揺らしていた。柔らかい髪の毛が、柔らかく、風に弄ばれていた。幻想的な瞳に伏せられた長い睫毛は、本当に女なのではないかと思うほど綺麗な少年だった。
物憂げな、眉をひそめたその顔がぞくぞくと手先を震えさせた。今にも壊れそうな硝子の像のように、指先で突いたら傾き、割れてしまいそうな少年だった。
それが集中力をとぎらさせるのだろう。それに、久しぶりに石膏デッサンとして接するよりも、人間のクロロ・ルシルフルと、普通に会話をしたい気分だった。

は人よりも早く、自分が老けていく事に気づくだろうな。」
「何だか、クロロに会う度に辛辣な言葉を言われている様な気がする。」
「気がするじゃなく、実際そうだろう。俺に自覚があるんだから。」
「私達、一般的にお友達という関係よね。」
「何故おをつけるんだ。」
「かわいいでしょ?」
「ただでさえ居心地悪い言葉なのに、更にカビをつけたような言葉にしないでくれないか。」
「握手でもしようか?」
「断る。」
「私クロロ好きよ。お友達の絵よりも価値を見出している、世界の美術館から色んな芸術的なものを盗み出す、その独占欲の強さとか。」
「すぐに売ってしまうがな。」
「もったいないなあ、一生愛する気持ちで盗みなよ。それが盗む相手への流儀じゃないの?」
「俺がよければそれでいい。」
「罪な男、ああ、罪な男。でも羨ましいよ、そういう所。」

芝居がかったように、大仰に身ぶり手ぶりを加えて、本音を一つ紛れ込ませた。いつも嘘をブレンドした会話しかしていない。
はクロロを愛していた。崇拝していた。クロロが感じていると思っていた、盗んだ物への独占欲は無い。野をかける兎を眺めている様なそんな気持ちだ。愛らしくかわいらしい。どのように食べるのだろう、耳を立てて、あたりの音を聞いているあの緊張した様子。そんなクロロが見たいのだ。
絵に描いているのは、クロロの中でのの存在を、どのような形でもいいから刻み込みたい気持ちからだ。
憎しみとも憐みともなんでもよかった。と言う存在を、美しさと魅惑的な魂のサインを持っている、美術館にある、数え切れないほどの眼球に見据えられた高値の花を見て、触って盗んでいる男の中に入り込むのは、満員電車のように難しいだろう。
だから、できるだけ、絵を描くと言う口実を持って、クロロを描いているが、本当はクロロにを描いているのだ。

、お前もそろそろ働いたらどうだ。」
「お前もって・・・っていうか、働いてるでしょ。」

できるだけ綺麗に保っているリビングには、窓際に花を生けて、できるだけ絵の具臭さを消そうとしているけれど、それなりに綺麗な部屋だ。
その中に置かれているキャンバスと彫刻、今まで描いた絵を飾っている壁は真っ白で、いつでも絵の具を付けた筆で愛撫することが出来る。

「私の事をただの絵が描くのが好きな無職だと?」
「いいや、金持ちな無職だな。あと、お前は何色にも染まっていないな。今思ったことだが。」
「宝くじあたって良かった。お金持ちのお母さんとお父さんの元へ私を送ってくれてありがとう、神様。」

無色透明な氷のようだと言った。お前を通して向こう側を見れば、肉眼で見るよりも僅かに、世界は透明に輝いて見えると。
なんて甘い言葉だ、告白のようだと思ったが、それは棘を持った薔薇と同じく、指先に突き刺さるのだとは気がついた。
そして暫く言葉は無い。が絵を描いている間はよくある沈黙だが、それを意識すると、何だかもぞもぞと、いつも座っている、数年腰をおろしている椅子の上で、座り心地が悪く腰を動かす。

「お前は此処でずっと過ごすのか?」

ぽつり、と、クロロが沈黙を破った。
は田舎を馬鹿にしようとしているのだと思ってしまい、鼻で笑って小馬鹿にしたように返事をしてしまった。

「都会の方がいいって?そんな俗っぽい・・・いいえ、きっとそこにも芸術は潜んでいるんだろうけど、私の肌にはきっと合わない。」
「引きこもりだしな。」
「優雅に余生を暮らしていると言ってほしいな。」
「余生・・・」
「笑うな。」
、芸術とは疾病だ。いずれはこの療養生活から抜けだす時がやってくる。」
「不治の病だよこれは。私が貴方を好きな気持ちと同じ、神様にも、多分治せない。治してもらっては困る。」
「俺はお前の事が好きだ。」
「これは両想いというのかな?」
「いいや、違う。そんなものはこの世には存在しない。ただの幻想にすぎない事だ。」
「描いているばかりじゃ駄目だな。貴方と話してよかったと思う。ただ黙っているだけの貴方を見るだけでも十分だったけれど、声も綺麗だ。言葉は脳を痺れさせる。」
「お前は、俺が動いて息をしているのがいいと言ったよな、言っていないかもしれないが、そんな事を言っていたような気がする。」
「言ったよ。確かに。覚えてる。」

もし言っていなかったとしても、それは言ったも同然だ。が心の底から感じている概念を、言語化したものなのだから。
だが、記憶の底に僅かに残っていた手がかりが、キャンバスの色彩と、その時の風が頬を撫でた感覚すらも呼び起こしたので、ははっきりと頷いて、肯定する事が出来た。

「俺もそうだ、お前が息をして動いているのがいい。だから、息を殺してキャンバスに命を削り、塗り込むのはやめてほしい。」
「息をしているよ、話しをしている。そして心臓は動いているし、思考は鋭い。」
「集中力は時を飛ばしている。お前は、俺と居る時間を切り取って、キャンバスに貼りつけている事に気がついているのか?」
「知っていてもやめられない。だから阿片が生まれたんだよ。」
「お前の描く絵は異様な力が籠っている。」
「価値が無いって言った癖に。」
「そう言ったか?忘れたな。とにかく、お前には無意識に力を使っている。お前の知らない不思議な力だ。」
「不思議、魅力的な未知の言葉。美しいね。」
「お前のその力はどんなものか知らない。知らない事は恐ろしいが、時にはとても強い。お前は強い。」
「何が言いたいのか分からない。」
「お前は命を狙われている。」
「貴方に?」
「違う、暗殺者に。」

あんさつしゃ。なんて心地よい響きの言葉なんだろう。絵にしたらどうなるだろう。

「何故?」
「お前がキャンバスに魂を描きこんでいるからだ。」
「まあ、そうだね。けれど、それが何で殺されなくちゃいけないの?」
「その魂がお前のものでは無く、その描いた相手のものだからだ。」
「・・・・。」
「お前の描いた絵に若さをどんどん吸い取られていくという噂がある。お前の肌に合わない都会で。」
「そんな、私、そこまで有名じゃないし・・・」
「今日、俺の前に誰かの絵を描かなかったか。」
「・・・描いた。」

今にも消え失せそうな儚さと、未来への希望とは違う、薄紫の絶望があたりに漂っている様な少年だった。

「生贄だ。横文字で言えばサクリファイス。」
「そんな、まさか・・・だって、そんなつもりは無いし・・・大体、そんな、悪魔のような力なんて私には、」
「ある。俺も似たような力を持っている。」
「なんて蠱惑的な!それはどんな能力なの?」
「俺の事はどうでもいいんだが、、これ見えるだろう?」
「?これって・・・その本の事?」
「そうだ。見えるだろう?これが見えると言う事は、お前も晴れて蠱惑的な能力を持っているという証拠だ。普通の人にはこれは見れない。」
「クロロ、冗談あまり言えない人なのね。そんな大仰な嘘は笑えないよ。」

冗談をよくいう男だと思った。見た目に反して、その口から吐き出される言葉は、に強烈な印象を与えるが、信頼と共感は勝ちえない言葉ばかりだった。
はクロロを愛していると言うが、それもまた冗談の一つであり、真実の欠片でもある。
それを意識して言葉を口にしているが、クロロはどうなのだろう。同じように言葉を吐きだしているのか、こぼれ落ちているのか、真実に色々な言葉を加味して、恭しく渡しているのか。
その瞬間に、はクロロの事を何も知らないと改めて感じた。クロロの手の上にいきなり出てきた本の存在と同じく、クロロがこの世のものではない、異質な人間だと思った。

「お前は面倒くさいと言うかもしれないが、俺はお前に、それなりに生きていてほしいと思っている。だから、その暗殺者からお前を逃がし、かくまう事が出来る。」
「逃避行をしようと、言ってるの?」
「ロマンチックに言えばそうだな。」
「凄くそそられる。貴方の泣き顔を見た時と同じくらい興奮する。」
「お前に泣き顔を見せた覚えは無い。」
「いいや、貴方は泣いていたよ、夢の中で。」
「夢か。」

私の世界、創造と崩壊の地上に映し出される映像。本能、妄想、願望。
そう心の中で付けくわえながら、その時の泣き顔を思い出した。その時、夢の中にはキャンバスと絵の具とパレットは出てこなかった。

「私の死体を見た時に、貴方の頭上で浮遊しながら顔を覗きこむと、静かに泣いていたんだ。」
「タイミングが悪いな。いやな予兆だ。正夢になったらどうするんだ。」
「それはその時で、貴方の泣き顔をまじまじと見る事にするよ。」

殺されると言う現実が、すぐそばまで足音を忍ばせてやって来ていると言う事に、若干驚きと恐怖を感じながらも、自分の夢を思い出し、言葉として表現した際に、ああ、殺されるのもいいかもしれない。と、自画自賛気味に思った。
クロロは呆れたように溜息を吐きながら、の手を掴んだ。逃げよう。その声はの腰を砕くほどの力があった。
そしてクロロはを連れて逃げた。片手には男の手、片手には筆一本、髪の毛にはパンの屑がついていて、唇には男の唾液が渇いて行く感触だけしか持ってきていない。
殺し屋はもぬけの殻となった家で、顎に指を当てて考えている。真夜中の嫌に明るい月明かりが、その一軒家の中を照らした。壁には誰にも踏み荒らされていない、真っ白な壁紙があった。いつしか、がその処女地をあらそうともくろんでいた壁に、今夜、必ず刺そうと念じていた針が二本、突き刺さっていた。



貴方を生み出しているの。貴方を、もう一度、汚れを知らない少年の様な姿でキャンバスに生み出す。私の妄想、現実の冷酷非道で、何でも知っている様なそぶりをしている貴方も好きだけれど、そんな姿の貴方も見てみたい。貴方のその顔のパーツが変化するさまを私は見たい。
貴方が過去、どんな人間と接してきたのかは興味は無いけれど、その時の表情はとても興味をそそられる。一瞬ごとに、一枚の美しい絵を描ける気がする。

そんな事を言ったような気がする。クロロに聞いてみようかと悩んだが、きっと彼も忘れてしまっているだろうし、覚えていても、面倒だから言わないかもしれないと思っては黙って眼を閉じた。
瞼の裏側には、我が家に残された、私の魂がある。一室に、リビングに、寝室に。それらは子供がお昼寝をしているような柔らかさで、光の中に包まれている。私の趣味の具現化、あれがそんな悪魔を生み出すものだったなんて、と、はうっすらと目をあけて、今いる部屋の冷たさに驚くのだった。
ベッドに腰掛けている。左手にはパレット、右手には絵の具の付いた筆、眼の前にはキャンバスが、何も描かれていない、空虚な姿で立ちつくしていた。
何をかこうか。風景を描こうか、でも、飽きてしまった。美しいラベンダーも、魅惑の薔薇も、純潔の百合も描き終えた。肌に合わない都会の景色は専門外で、それに、の意欲が掻き立てられなかった。
趣味なのだから、描きたい時に描けばいい。
けれど、描いていないとなんだか不安だ。この部屋でただぼーっとひがな、暇を持て余して時間を過ごすと言うのは、時を減速させて老いていくという事だ。それは何だか、嫌だ。
いつしか、手が震えて筆ももてない程握力が低下し、キャンバス画何処にあるのか分からないくらい、視力が無くなり、感覚と世界への興味が欠落して行ってしまうその時になるまでは、この情熱は発散して行くべきだと思う。
ああ、なんてことだ。
は絵の具の付いたままの筆をベッドの上に落とした。パレットも同じように落としてしまった。の膝の上をワンバウンドして落ちた。
そして両手で顔を覆って、涙を浮かべた。本当かどうかは分からないけれど、見たわけではないが、自ら魂を込めて描いた絵が、その人物の若さを奪い取ってしまっていただなんて、と、後悔と懺悔の気持ちで咽びそうになる。
彼らには救いは無いのか、私なんかに描かれたばかりに、そんなのはあんまりだ。
あの金髪の少年も、老いという刃で傷をつけられ、膿んでしまったのだろうか。
キャンバスの中にはもう一つの世界を生み出すと言う目的があって描いていた、夢の甘美な映像は、その人が生きて動いているのを眼窩で見る事が出来ようにしていた。キャンバスは眼球で映像では無く、切り取られた映像の欠片を、あますことなく綺麗で宇宙に想いを馳せる様な、不思議の国に誘われたいと願うのと同じく、違う世界の中で、その人が生きていてほしいという願望から産み落とされた、命と呼ぶには相応しくない、偽物の魂を描いている。
だからこそ、はクロロを描いた。あの美しく異質で憂鬱で不思議で魅力的なあの男を。
は連れ去られ、かくまわれている間、日々の時間が過ぎる度に、クロロへの想いを強めて行った。
一体何故、救ってくれたからだろうか、長く時間を共にするようになったからだろうか。手をとってくれたからだろうか、真実を教えてくれたからだろうか、キスをされたからだろうか。理由は分からない。
けれど私は絵を描く。強まったからこそ、違う世界へクロロを生み出す。



「何故貴方は私に絵を描かせ続けているの。年老いたい欲望が強いの?」

パレットとキャンバスを行き交う筆の先に彩られた、新しい世界の創造主のが、キャンバスの向こう側に座っているクロロに尋ねる。

「疾病だ。」
「貴方にも?」
「お前と同じく。」
「私、クロロの事好きだよ。」
「どんな女と居ても男は幸せになれる。」
「いきなり何?」

自らの愛の吐露を棚に上げては筆を止め、首を傾げるようにしてキャンバスの横からクロロを見た。

「その女を愛していなければの話だ。だから俺はお前と居る。」
「キャンバスを切り裂きたい気分に襲われたのは初めてだよ。」

手先が震えた。まだ老いはやって来てはいないはず。それなのに筆は震えて、心臓は激しく、痛い程鳴った。
座っていたクロロが立ち上がり、じっとこちらを見ていた。は今まで、クロロの額の刺青は絵に描いた事は無い。今回の絵もそうだ。
クロロが十字架に縛られている様を見るのは、は好きでは無かった。

「君はこれからも俺の事が好きさ、。」

ああ、なんて事だろう!紫色が必要だ、もしくは赤でもいいかもしれないけど、私には紫色にしか見えない!
彼の唇に思い切り塗りたくろう。筆の先で凌辱するように、唇の質感は残して、色彩は血の気の色を引いて引いた、毒々しくも人を惹きつけられる唇にしなければならない。
はクロロの肖像画を描いた。それをプレゼントした。憎しみと愛をこめて、そして未来、どうなるかの不安と希望をかけて送った。
キャンバスにはクロロが描かれていた、物憂げな様子で、額には十字架で縛られていて、唇は紫色。焦燥感に駆られた事など無いと言う様に、緩慢に若さを持ち続けている。

これが本当のクロロ・ルシルフルの姿だとは思った。






リスペクト、もしくはオマージュです。もちろん。